1954年に初めて太陽電池が発明されたものの、当時の太陽電池は大変高価なものでした。そのため現在のように一般家庭で利用できるようなものではなく、特殊な用途に限定して利用されていました。
その“特殊な用途”として代表的なものに、人工衛星への電力供給が挙げられます。実は世界で初めて太陽電池が実用化されたのは、人工衛星だったのです。
1958年にアメリカ海軍がヴァンガード1という人工衛星を開発し、打ち上げに成功します。このヴァンガード1は人工衛星の歴史においてもかなり初期のもので、現在でも地球の軌道上にあることで有名です。しかし、ヴァンガード1にはもう一点、歴史に名前を残すほどの特徴があります。それが太陽電池の搭載です。
当時は大変高価で普及は困難であったものの、電力を外部から供給することができない宇宙空間では太陽電池が最も適した電力供給手段でした。そこでヴァンガード1には太陽電池が搭載され、打ち上げから6年もの期間にわたって人工衛星の機能を維持するための電力を発電し続けたのです。これが太陽電池にとって初の実用化事例となり、1958年は太陽電池の実用化元年となりました。
半導体の接合部分に光を当てると電流が生じる現象、pn接合を発見したのがアメリカの研究者、ピアソンです。これが太陽電池発明につながる大発明となりました。
中東産油国を巻き込んだ戦争によって、第一次石油危機が日本経済を直撃しました。しかし、これは結果として国家レベルで太陽光エネルギーに目を向けさせる契機となりました。
第一次石油危機を契機に、日本は石油に依存しすぎる産業構造やエネルギー調達手段に対して再考を迫られました。それを受けて当時の通産省が策定したサンシャイン計画の具体的な内容と目的を見てみましょう。
1980年は官・学・産が一体となった太陽光エネルギー開発体制が整い、同時にソーラーシステム普及の支援制度が設けられた年で、日本が太陽光エネルギー時代に向けて大きく舵を切った年でもあります。
家庭用の太陽光発電装置を普及させる大きな原動力となっているのが「系統連系」です。その魅力は、長期的には太陽光発電装置の設置コストを回収出来るところにあります。
エネルギーセキュリティを目的としたサンシャイン計画は、時代の流れとともに地球環境問題への取り組みへと変化しました。そのために策定されたのがニューサンシャイン計画です。
1994年の「新エネルギー導入大綱」によって、日本が国全体として、太陽光発電などの新エネルギーに対してどの方向に進むのかという指針が初めて示されました。
地球温暖化問題は一国の努力だけでは解決出来ません。そこで世界規模での枠組みづくりを目指した会議が京都で開催され、そこで採択されたのが京都議定書です。環境問題と関係の深い太陽光発電も京都議定書が一つの契機となりました。
省エネルギー法は日本国内全体に省エネルギーを意識した建物づくりを浸透させました。それは結果として太陽光発電にとって順風となり、太陽電池生産量は世界一になります。
優れた技術である太陽光発電ですが、一般的な普及を進めるにはまだまだ乗り越えなければならない課題点があります。具体的に数値目標を提示し、それを達成する能力のある研究機関を公募する制度がスタートしました。
2002年に成立したRPS法、そして翌年にはRPS法を根拠としたRPS制度がスタートしました。RPS制度が太陽光発電にもたらす影響について見てみましょう。
日本は太陽光発電をリードする国として、世界で利用されている太陽光発電システムの大半を生産しています。ところが、太陽光発電システムの設置数は、長らく世界一であった地位をドイツに追い越されてしまいました。
無尽蔵に存在し、地球環境への負荷が極めて低い太陽光発電は世界が大きな期待を寄せています。日本及び世界で太陽光発電は今後、どのような展開を見せるのでしょうか。
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